第1回源泉かけ流し温泉入浴体験記 入選作品発表

最優秀作品

「遠いからこそあたたかい十津川温泉の思い出」
 (大阪府在住 前川祐子様 奈良県十津川温泉 旅館吉乃屋の体験記)

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 温泉地へ向かう山道で車窓から飛び込んできた「遠いからこそあたたかい」というフレーズがこれほどまでにしっくりくる温泉地はそうないのではないかと思う。夫婦で向かった奈良県、十津川温泉。

 初夏から続くハードスケジュールで夫婦共に過ごす時間が持てず、心身共に疲れ切っていたところであった。どちらともなく「温泉に行こう」ということになった。大阪から車で行けて、なおかつどちらかがいったことない場所を・・・と、思いついた場所が奈良県十津川村であった。夫も私も大阪人である、私は十津川温泉に小学生の頃家族で行ったきりであり、夫ははじめてである。もう30年も前になる。星が落ちてきそうな満天の星空を思い出したのだ。時は紅葉シーズン、これは行くしかないと思い立った。

 十津川温泉郷は、村の狭い敷地の中に温泉宿が立ち並ぶ静かな温泉地である。しかし、とにかく遠い。仕事上出張が多く各地を移動するが、東京、沖縄、ともすれば北海道まで2.3時間あれば飛べる為、朝自宅を出て沖縄で昼食をとることもできる時代である。紀伊半島の奥地は、いまだ大阪からでも車で4.5時間を要する。陸の孤島と言われる所以である。十津川、熊野川沿いには、平成23年9月、台風12号がもたらした紀伊半島大水害の爪痕が生々しく残っている。十津川の流れが大きく変わってしまったと思われる箇所や、土砂に埋まったままの車、仮設橋など、住まう人々の苦労がしのばれる。

 十津川温泉「旅館吉乃屋」に到着し、窓から眺める色づいた山々と十津川の流れは、一枚の絵画のようである。何も無いが、何も無いからこそ心身が癒される風景である。

 さて、温泉である。源泉掛け流しの温泉は60度あり、自宅風呂の「ぬるめ」に慣れた身体にはかなり熱く感じ、肩まで浸かるのに一苦労。なぜ、水で埋めないのか、と思ったがロビーに置いてあった源泉掛け流しに関する知識を掲載した資料に目を通し、すぐに疑問は解決した。加水を最小限にとどめていることも掛け流しの魅力なのである。浴槽に湯が注がれ続けていることを掛け流しだと勘違いしていた素人である。

 たっぷりと掛け湯し、足から湯に入る。上半身に秋の冴え冴えとした空気を感じ、足元からまったりした熱い温泉を纏う至福のひと時である。十津川温泉は大地からこんこんと湧きだす、動的な荒々しさではなく、粛々と、しかし絶えることなく浴槽を満たす静けさが良いと感じている。温泉をたたえた浴槽には、常に新鮮な大地からの恵みが注ぎ込まれ、ゆっくりと入れ替わり続けている。この源泉掛け流しの魅力に触れれば、巷にあふれる温泉もどきのスーパー銭湯で給水口から浴槽に激しく放水されている様子を見ると興ざめも甚だしく感じてしまう。自然に囲まれ、つかの間でもゆったりと源泉を身に纏う喜びを感じ、眠りにつく。湯上りしてもポカポカとあたたかい。その時浮かんだのは、車窓からみた「遠いからこそあたたかい」と十津川温泉に向かう車窓の立て看板のフレーズだった。

 翌朝、夫が私を見て「顔の疲れが取れて見える」という。私は「そうでしょう」と応える。湯治とまでは時間が許さずとも、せめて一泊ゆっくりすれば元気になる、現金なこの身体に感謝した。

 「また行きましょう」「そうやね」笑って言えればそれ以上の幸せは無いように感じる十津川温泉郷での時間であった。

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優秀作品

「温泉―その秘めたる純粋性」
 (埼玉県在住 田村里恵様 新潟県越後湯沢温泉 高半旅館の体験記)

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 越後湯沢を訪れるのは、もう何回目のことであろう。小説「雪国」の舞台である湯沢は、温泉の町でもある。

 私が山の麓のこの温泉に会いに来て、浸るということは、故郷というものが漠然としている私にとって、故郷でもてなされるようなものであり、亡き父との語らいでもある。

 この冬もまた、越後湯沢のとある旅館を母と訪れた。

 旅館に着き、お風呂に向かう。脱衣所で服を脱ぐのももどかしく、心がはやる。あわてて生まれたての姿に戻り、体を清めると、いよいよ温泉とのご対面である。

 この温泉は少し硫黄の甘い香りがする素直な温泉で、宿の裏手の鍾乳洞から静かに生まれている。お湯に陽がさすと、可憐な小さい白い湯花が入っている姿を見せてくれる。

 その姿には嘘がない。嘘がないというのは虚飾を取り払った自然な姿であるということ、本物であるということ、そして純粋であるということである。

 温泉が持つ純粋さに心を打たれながら、そろそろと足先からお湯に入る。お湯に入った瞬間に、身体の皮膚から、温泉の熱が侵入して、水銀の体温計にように、身体の芯までぐんぐんじんじん到達していく様がわかる。私と温泉の真剣な真っ向勝負である。

 その勝負は、私が湯船に完全に身体を浸しきり、ようやく終わりを迎える。

 すると、今度は私と温泉は、熱い恋人関係に変わる。

 温泉は地球からの恵み、大地からの恵み、そして生きている私と地球の邂逅である。私の身体の一部が、温泉に溶けだして、地球と一体化するダンスなのだ。私の身体と温泉が絡み合い、溶け合い、私の内部にえも言われぬ悦楽が生み出される。何も考えなくていい、そのまま味わい、感じればいい。

 温泉は、感触、匂い、音、その全てで私を受け止める。その一体感を味わうために、私は温泉に浸かる。だから、温泉は本物でないと意味がない。

>  この温泉は、父が最後に入った温泉だ。5年前、父が急に亡くなった。大木が雷に打たれて、急に折れるとこんな気持ちがするのかなと思うような唐突な死だった。父の年齢が50歳近くで生まれた一人っ子である私は、心配の種であると同時に、目に入れても痛くないという形容があてはまるくらいに溺愛された。恋に仕事に情熱的な人生の父だった。

 ただ、父は父で、年取った自分は普通の父親よりも、はるかに私と過ごす時間が少ないであろうという覚悟を、心のどこかでいつもしていたのかもしてない。

 75歳を過ぎても、一生懸命仕事をしている父の唯一の楽しみは、食べることと温泉になった。昔から普通の人が持つような欲が、感じられない人だったが、仕事への執念が彼を生かしていた。医師として誇り高い姿だった。

 私は幼い頃から山が好きだった。その繫がりで、自然に温泉にも興味を持った。温泉についての色々な本や資料を、読めば読むほど、惹かれていった。暇があると温泉に行き、身を浸した。そしてある時、温泉には掛け流しとそうでないものがあると知った。

 私はこれが温泉を見分ける重大なものだと直感した。本物と、そうでないものを分ける境界線だと思った。今から10年以上前のことだった。

 私は早速、父を「掛け流し」の温泉に連れて行った。そして、父に本物の純粋なお湯がもたらす恍惚を教えたのである。

 それから父は、患者さんに嬉しそうに「掛け流し」の話をしていたらしい。余程、温泉が気持ちよかったのだろう。

 とうとうある日、よく行く越後湯沢に、掛け流しの温泉宿があるのを知った。それから掛け流し温泉を持つ宿が、お気に入りになった。

 倒れる2カ月前の寒い冬の日も、短い休みを押して越後湯沢に「行きたい」と言った。温泉に入りたかったのだろう。私はできる限り年老いた父の希望を叶えたかった。

 父が温泉に入り、喜ぶ顔を見ると、少しだけ親孝行しているような、父の期待に応えられなかった自分の罪滅ぼしのような変な気持ちがした。父はいつものように冗談を言いながら、旅行を楽しみ、いつものように喜んで温泉に浸かっていた。

 それが彼の人生最後の温泉との語らいであった。

 半年後、もういなくなった父の写真を見て、私が微力ながら、温泉で父を喜ばせていたことに気付いた。嬉しそうに、人を温泉のことを話している父の姿がまざまざと思いだされ、連れて行って良かったと思い泣いた。

 温泉は私にとって、癒しや快楽の手段だけでなく、父に自分の心を伝える手紙の役割を果たしていたのだった。

 これからも、私は何度でも会いに行くだろう。悦楽と忘我、そして本物の温泉に。

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優秀作品

「夢の中」
 (三重県在住 高辻和奈様 栃木県塩原温泉 湯守田中屋の体験記)

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 新入社員時代、毎日が辛くて仕方なかったあのころに、大切な友に出会った。

 慣れない土地、慣れない仕事、慣れない職場の人間関係の中、辛いのに、辛さを口に出すこともできない自分に不甲斐なさを感じた。

 どうすれば良いのかわからずに、会社を休み寄った本屋でふと手に取った温泉雑誌。出会いはそこから始まった。「源泉」「渓流沿い」「混浴」目を惹く言葉と写真に吸い込まれるに興味を持った。「湯守田中屋」湯を守る・・・今思い出しても不思議なほど衝動的に、その温泉へ向かっていた。

 国道ではあるものの、くねくねした山道をひたすら進み、青々した木々の下には青く綺麗な川が見える。那須塩原温泉はこの箒川といわれる川沿いに点在する温泉街だ。宿と道路を挟んだ道の脇に下の温泉へと通じる階段があった。300段もの階段をくだっていく。下にはただただ木漏れ日できらきらと光かえす青々とした木々が広がる。時おりその間から川のような透き通る色が見えた。

 胸をはずませ階段を終えると目の前にはまさに野天風呂という名に相応しい温泉が広がっていた。とくとくと満たされている温泉、前も上も木々で囲まれた山々、下には透き通るように透明な川がさらさらと流れていた。

 夢のような世界に、はっとさせられた。この世の美しくて優しい色を全て集めた様な世界だった。あの光景と感覚は何年も経った今でもはっきりと思いだせる。それ程に美しい、夢の中の世界のようだった。

 透明で柔らかいお湯。癖も主張もなさそうで、実は驚くほどに人の心と体に優しく自然に染み込んでくるお湯。湯船に浸かり、目を閉じてみる。いろんな悩みがふつふつと湧き出てくる。そんな悩みや苦しみも1時間も入っているうちにどんどん体から抜け出し消えていくようだった。目を開けるときらきらと光る木々の緑、透き通る川の青が眩しいくらいで、頭上を時おりトンビが飛んでいた。その空間の中に存在することで、ただただ心が落ち着いた。温泉と自然に、消毒されるように消えて行った悩みのあとには、本当の自分が少しわかってきたような気がした。自分がやりたいこと、自分がなりたいこと、自分が向かいたい方向、少しずつ素直な自分の感情や気持ちが戻ってきた感覚だった。素直で自分らしい温泉に包まれて、私の素直な感覚も戻ってきたのだと思った。

 それからはあの夢のような世界に浸りたくて何度も通った。300段の階段は、現実の世界と夢の世界をつなぐ通路ようだった。夜は静寂の中、掴めそうなほど満天の星空を見上げながら、何度も何度もこの温泉と会話をした。こんなに幻想的な世界があるのだろうか?

 日常生活で辛くても、会社への行き道も、諦めそうになった時も、自分の気持ちに蓋をしているときも、そっと目を閉じてみる。夢の中へ。あの場所であの温泉は今もとくとくと流れ、周りの自然と溶け込んで、あの柔らかい空間を作っている・・・・そう思うだけで驚くほどに救われた。違う場所で同じ時をあの温泉も存在しているということに救われた。

 だから2011年3月11日の大地震のあとは心配で仕方なかった。その頃私は既に遠くへ転勤し、あの温泉からは遥か離れたところに住んでおり、すぐに行ける距離ではなかった。ずっと遠くから無事であるように、変わっていないように、傷ついていないように、祈っていた。

 先日、やっとまた訪れる機会に恵まれた。楽しみな半面、震災を機にお湯が醸し出す雰囲気や特色が変わっていたらどうしようかと、少し会うのが怖かった。だけど、何も変わっておらず、無色透明で癖のないお湯は相変わらず優しく自然と溶け込み、私を受け入れてくれた。むしろそれ以上に以前よりも強さが加わったようだった。久しぶりに会った喜びで何時間も浸かり、何時間も尽きない話と積もる話を温泉と会話していた。変わらずに優しく話を聞いてくれて包み込んでくれた。そして素直で癖のないその温泉の中に確固たる気概を感じた気がした。私は私の場所で湧き続ける、そんな覚悟のように感じた。あれは確かにお湯を通して伝えてくれたあの温泉の想いと誓いだと思った。再会を喜ぶ何時間にも及ぶ入浴のお陰で翌日は驚くほどの滑らかな肌になっていた。

 あの温泉は今もあの場所で、現実の世界とはかけ離れたような山中で、とくとくと湧き出て、世間の悩みや辛さはどこ吹く顔で優しく流れているのだろう。私は私の場所で、私の役割を。それぞれの場所で変わらずに存在している。そう思うと、それだけで励まされる。そんなかけがえのない友に出会えたのである。

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佳作

「東北の恵 源泉かけ流し女ひとり旅」
 (大阪府在住 加藤洋子様 岩手県鉛温泉 藤三旅館の体験記)

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 出張ついでに山奥の温泉一泊を組んだのは、もちろん癒しを求めてのもくろみである。「いわて花巻空港」に降りたら、豊かな黄金色に色づく森の中の宮沢賢治ワールドにひたり、バス停前の「なめとこ山庵」の超美味なお蕎麦(マイ人生ベスト)を堪能したあと、小降りの秋雨を縫って「花巻南温泉峡」の「立ち湯」で有名な鉛温泉のある宿に向かう。

 夕食前に、目指す「藤三旅館」に到着。早速、館内にいくつもある風呂探検を開始する。時間制で男女入れ替えになっていて、楽しく行動計画を練る。まずは、夕暮れの川のせせらぎを眺めながらのお湯にざんぶり。ああ、極楽。「藤三旅館」はそもそも古来より湯治の伝統のある温泉宿。私は今回「旅館部」に宿泊したけれど、館内の「自炊部」に迷い込むと、合宿所のようなレトロな湯治場の気合が伝わってきて、雰囲気満点。

 ふだんは都会が好き。華やかな喧騒が好き。友達もしがらみも大切に思っている。いやだいやだと言いながら仕事も愛している。だけど。背中に何本も矢の刺さった落ち武者像が自分に重なるくらいに、疲れが溜まっていると自覚する日々には、温泉行きを夢見る。

 ほとんどが湯治のノリを求めるようになったここ数年、私は断然、源泉かけ流し党である。疲れのとれ方が違う。豊かな気分にさせてくれる度合いが違うと思う。

 夕食後、一服して、さてハイライトの「白猿の湯」という立ち湯におもむく。地下構造になっていて、湯船を見おろしながら階段を降りていく。天井が高く、敷地も広々して、解放感満点の空間である。古式ゆかしくも、粋で大胆な建築センスに感心する。

 かけ湯のあと、巨大なお釜のような湯船にとぷんと体を滑り込ませると、無数の紡錘形の集合体のようなコシのある湯が迎えてくれる。ゆるりと優しく包んでくれる。今、私は大地のおつゆに浸かっている。なんという恵み。なんという赦し。私は地球の子・・・・。

「白猿の湯」は「日本一深い自噴岩風呂」を謳っており、湯船がとても深く、大人が立ったまますっぽり肩や首まで浸かれる造りのお風呂である。小柄な年配女性が、ゆらゆら湯船の中を歩んで遊んでいるのも可愛らしい。湯船の縁に腰掛けて、背中を丸めている、真面目そうな30代くらいの女性も絵になる。なるほど古典絵画の題材になるわけだ、やや倦怠を帯びながら、各人思い思いの表情や仕草の女の湯浴み図は、女から見てもなかなかいい。ひっそりと知人の近況なんかをお喋りしているグループもいい。

 人が人を慰め、励ますこともある。だけどそれに疲れることもある。湯につどう人々は、無言で互いをねぎらい、湯にそれぞれの人生を塵芥をゆだねる。われわれは、生き延びてきたものどうしだ。豊かなかけ流しの湯は、悲しみや日常の齟齬を走馬灯の思い出に変えて、持ち去ってくれる。

 これでまた、しばらく生きていける。働ける。お食事もとても美味しく、コスト的にもお値打ちだった。「おひとりさま」を受け入れてもらえる温泉宿は貴重なうえ、なにより泉質がとびきりであった。朝風呂もいじましく制覇し、ありがとうと宿をあとにする。

 私は東北がとても好きになった。今度は遠野に行こうか。そしてまた源泉三昧しよう。

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佳作

「銀婚湯の隠し湯めぐり」
 (東京都在住 馬場研ニ様 北海道上の湯温泉 銀婚湯の体験記)

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 北海道の噴火湾沿いにある落部(おとしべ)町から、落部川を車で遡ること10分で上の湯温泉に着く。初秋の小雨まじりの中、広大な敷地に4か所の隠し湯を持つ「銀婚湯」を訪ねた。そこは、それぞれに趣の違う源泉掛け流し、宿泊者専用の貸切野天風呂が自然と調和した温泉ワールドであった。

 早々にチェックインを済ませ、はやる心を押さえて、まず一番遠いトチニの湯に向かう。宿の裏手の落部川には長い吊り橋がかかり、そこを渡ると三つ温泉の分かれ道になる。標識によると、直進すると「トチニの湯」、左は「もみじの湯」、右手は「どんぐりの湯」である。植林されたさわやかな白樺林を抜けてピクニック気分で歩くこと約10分でトチニの湯に到着した。木戸をくぐると、大きな丸太をくりぬいた湯船が目に飛び込み、その向こうには落部川が流れている。森と樹木に囲まれ、静かに流れる川、その自然の中で大木の湯舟に身を任せる。見上げると、一枚一枚葉が重ならないように手を広げた枝が美しい。その間から時々小雨のしずくが落ちてくる。体感湯温は好みの41度。泉質は弱アルカリ性のナトリウム・炭酸水素泉で、成分は濃い(8722mg/ℓ)。女将の話によると、栄養分の多い湯だから様々な虫も遊びに来るらしい。右手の岸辺には、もう一つの湯船があり、こちらはハチミツ色に褪せた木枠の桝形の湯舟だ。目の前に川が流れ、開放感がある。妻と代わる代わる二つの湯舟を占有し堪能した。突然ボトッと音がし、落ちてきたのは栃の実。自然からのプレゼントを思い出に頂いていくことにした。

 一旦宿に戻り、また木札の鍵を受け取り、次はもみじの湯に行く。先ほどの同じルートで吊り橋を渡り約8分で着く。椎茸栽培の使用済み原木が重ねられたアプローチを入ると、川べりに石造りの湯船、右手の土手にはもみじの大木が幹と枝を大きく広げ、湯船を囲っている。小雨のせいか少し暗いが、この巨木に深く抱かれているという感覚がわいてくる。お湯は(私にとって)熱めなので、火照れば岩に座り体を冷やし、また入りを繰り返して、のんびり時間を過ごした。再び吊り橋を渡り宿に戻ったが、いい意味で意図的に歩かせられていることが心地よい。

 はしご風呂で少しふやけてしまったが、どんぐりの湯へ出陣した。すぐ下を川が流れる湯船は一層の開放感があり、ドングリをかたどった石造りの縁には、木製の背もたれ兼腰掛けがある。ここにもたれて、悠々と流れる川を見ながら、湯が注がれるままの静かな時間を過ごす。これまでの野天風呂は森の中であったが、ドングリの湯は山から里町に出てきた感じだ。

 翌朝、残りの野天風呂、宿から一番近いかつらの湯に向かう。裏手に整然と植林されたかつら並木を進むと、その左手に巨岩を抱えた奇妙な小屋があった。その古い木製の階段を上がると岩風呂を囲むように流し湯がある。この岩風呂、駒ケ岳から運び入れた35トンの巨岩を、自らくり抜いて造ったものだという。2人が余裕で入れる大きさだ。脱衣所も大木をくり抜いたもので野性味溢れる。お湯はほんの少しぬるめ、ここに浸かり頭上を見るとかつらの樹木群が広がる。なんだかロビンソン・クルーソーになった気分である。地面より高い位置での湯浴み、鳥になった気もしてきて遊び心満載だ。

 さて、銀婚湯では、種(苗)から植えて何十年も育てて森を造っている。館主は「木を植えた男」でもある。銀婚湯の隠し湯は、樹木が最初の主役であって、そこに露天風呂を鎮座させることで自然との一体感を造りだしている。この宿は何年もかけて増えて行く露天風呂(2012年に「杉の湯」完成)と共に、樹木の成長という世代を超えた長い時間で進化している。これらのことを、館主と従業員の方々が自ら実践されている。そして飾らぬ対応、笑顔、家庭的な心温まるもてなしに感謝!

 銀婚湯は、遊び心を持ってゲストをもてなすために、独創的な発想で絶え間ない努力を続けている。まさに大人の湯遊び、癒しの場である。高齢化が進む中で、心と体を共に解き放つ温泉が、リタイアされた方々だけでなく若い方々にも見直され、さらに発展することを期待してやまない。

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「白猿が見つけてくれた温泉のお話」
 (岩手県在住 阿部善郎様 岩手県鉛温泉 藤三旅館の体験記)

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 豊沢川の渓流沿いに昔から湯治場の野趣あふれる雰囲気に浸れる温泉が多く、その奥まったところに昔から湯治場温泉と知られる「鉛温泉」がある。鉛温泉は作家、田宮虎彦の映画化もされた小説「白銀(しろがね)心中」の舞台としても有名になったところで今回、紹介する鉛温泉「藤三旅館」である。思い出すのは幼い頃、昔話のように聞かされポカポカと温まる話だ。昔昔、マタギという猟師がおり、からだの傷を癒すために奥山にある温泉に浸ったという。子ども心に不思議だったのは、熊や鹿などの野生動物までも、温泉にはいり外傷をなおしたということだ。全国各地の温泉には、面白いことに熊や鹿、猿。鳥などには鶴(つる)、雉(きじ)、白鷺(しらさぎ)などの動物の名のついた温泉がいがいと多い。それぞれのいわれがあっての名まえがついたと思うが、由来を尋ねて温泉をめぐり湯に浸るのも一層、ロマンを誘う。温泉には、力とともに人を引きつける力、パワーがあるようだ。それは、疲労を回復させたりするなどの具体的な効能作用でない漠然としながらも目に見えない大きな力である。老いても温泉に行ける元気をくれるパワーだ。

 昭和16年に建てられたという、鉛温泉藤三旅館・木造3階建・総けやきづくりの建物は文人にも愛され昔ながら情緒豊かな風情のある姿を見せている一軒宿である。日帰り入浴もできる旅館部と湯治客に人気の湯治部があり、古き良き故郷に出合える宿ともいえる。湯治客によるカラオケや民謡、時代寸劇などの演芸大会も催されてもいる。老若男女の差を越えさせてしまえる人々の出会える温泉を通して人生を明るく生きていけるならば、これこそが真の温泉の効用、力であると思う。

 ここ藤三旅館には5つの浴場があるが、すべて源泉100%のかけ流しである。やはり特筆すべきは名物と全国的にも有名な「白猿の湯」だろう。天然の岩をくりぬいた深さ1.25メートルの日本一深い自噴岩風呂といい小判型の湯舟に立ちながら胸まで浸るというのは全国でも珍しい。この有名な「白猿の湯」のいわれは、およそ600年程前、宿主の遠祖が高倉山麓できこりをしているとき、岩窟から出てきた一匹の猿が、桂(かつら)の根元から湧き出す泉で手足の傷を癒しているのをみたのが始まりと伝えられる。いわば白い猿によって導かれたきこりによって発見された霊薬あらたかな名湯である。泉質の異なる5つの源泉を持つこの温泉の名物「白猿の湯」、地下1階から3階までの吹き抜けの天井と1階のガラス窓からこぼれる柔らかな光が、内湯なのに不思議な開放感をおぼえさせる。立って入ることで全身にまんべんなく湯圧がかかり、循環器を整え、血行も促進してくれるほか、神経痛、リウマチなど様々な症状に効能があるという。婦人病にもよく「子宝」に恵まれたという感謝の礼状や便りも届くという。どれに効くというよりもすべてに万能という有難い温泉と言える。天井をぼんやりと見上げているうちに、身心のびやかなるかけがいのない空間のなか、こんな楽しめる湯の中の余興もある。湯舟の下の湧き口の上にある岩石にまたいで入ると湯圧により体がクラゲのように、ゆらゆらとなるため両手でかきわけながら入るので、筋肉運動誠に心地よい。だれにでも出来るものでない入浴技?でもある。しばらく前までは男女混浴で脱衣所でもちょっと勇気がいりそうだったが、今は、男女それぞれの時間帯により入浴することになっている。浴室のガラス窓に「のぞき見厳禁」の貼り紙があり、思わずほほえむ光景でもある「白猿の湯」に白猿もちょっとばかりとまどっているかもしれない。加水・加熱など行っていない温泉成分100%のこの温泉だが、不思議さや妖しさなどの物語を秘めたたくさんの想像を生まれてもくる。例えば、夜のとばりに包まれるころ、吹き抜け天井のガラス窓から異様に光る二つの目が・・・もっと想像を広げれば、白猿が温泉に入る機会をうかがっているかと思うと余計、愛着をおぼえてもくるものだ。

 地元の人だけでなく全国から訪れる人達が湯舟に入って先ず一様に声をあげる。いい湯だ!最高だ!効くぜー!などの一声が浴場内に響く。湯舟の中で、愛知県から来たという人に感想を尋ねると「北海道で温泉をめぐって来たが、初めて来たのにヒリヒリとした熱い湯ではなく、疲れもとれていい湯だ」ほかの湯も梯子するよとでて行った。地元などの人など温泉で友達となり泊まりに来たり、どこの湯よりもここが良く10年来この温泉に来て楽しんでいる人など話題も豊かだ。温泉で温まりこんな出会いやふれあいも教えてくれる。「見てよし、入ってよし、気分よし」という3拍子そろった温泉である。「白猿の湯」の側に白猿により導かれたという湯の伝説をいざなうように、小さいながら、立派な社がある「白猿神社」である。霊薬あらたかな神社として湯宿に奉られており拝謝する人が多い。湯上りに売店に寄るとかれこれ60年も働いているという人という、いつ来ても笑顔のおばさん、健康なのは毎日、温泉入浴のお陰だともいう。「白猿の湯」のいわれや、ほかのある温泉も露天風呂があり、体によく効く自慢のお風呂ですと話してくれた。おどろいたのは「今年の春に白い猿が山から降りてくる」という、本当ですか?!「白猿の湯」の吹き抜け天井で見たあの妖しい光る二つの目?嘘でも本当でもよい。白猿伝説はこれからも心をまた和ませてくれよう。子ども頃昔話に聞いた温泉と野生動物の物語。今、こうして甦るのも楽しい因縁なのだと思っているのです。

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