泉源と湧出形態

 「まったく神秘的な効能」と、わが国の近代医学の父、ドイツ人エルウイン・ベルツ博士(一八四九~一九一三)を驚嘆させた草津温泉は、白根山の東麓、標高約一二〇〇メートルの高地に強烈な硫黄臭を漂わせる。

自然湧出泉・草津温泉の湯畑


自然湧出の湯元、ニセコ湯本温泉

 “天下の名湯”としてその名を馳せてきた草津のシンボルは、温泉街の中央で毎分約四〇〇〇リットルといわれる大量の湯を噴出する「湯畑(ゆばたけ)」。幅二〇メートル、長さ六〇メートルにも及ぶ草津最大の泉源(湯元)である。
 江戸時代以降、湯畑から引湯した共同浴場、旅館をはじめみやげ物店、商店などが、湯元であるこの湯畑を取り巻くように軒を連ね、温泉街が形成され現在に至っている。日本の典型的な温泉街の発達の仕方である。
 近年、ランドサットなどによる温泉の探査技術と深度掘削技術の飛躍的な進歩により、東京など都市部でも湯脈を得て温泉施設が続々と誕生している。だが、本来は草津のように自然湧出による温泉が自然な温泉の湧出形態であった。
 このように湧き水のように自然に湧出する温泉を自然湧出泉と呼ぶ。現在では希少価値の高い温泉となり、温泉としての質も高い。温泉は空気に触れたり動力などによって攪拌(かくはん)されることにより酸化され質が劣化するため、自然湧出は理想的な湧出形態なのである。
 トマトにたとえるなら、自然湧出泉は完熟トマトの状態といっていいだろう。十分に熟成したまろやかな肌触りと、還元力に優れた効能が期待できる。
 草津温泉の湯畑の他に湧出量の多い泉源として、登別(のぼりべつ)温泉「地獄谷」「大湯沼」、須川温泉(岩手県)の毎分約六〇〇〇リットル湧出の「霊泉」、同じ東北の湯治場、玉川温泉(秋田県)の「大噴(おおぶき)」(一か所の泉源から毎分約九〇〇〇リットル湧出)、野沢温泉(長野県)「麻釜(おがま)」、別府温泉(大分県)の国指定名勝の「海地獄」「白池地獄」「血の池地獄」などの“地獄”がよく知られている。

熱海の間歇泉

 同じく国指定名勝の「龍巻地獄」のように一定の間隔で熱湯と噴気を噴出させる間歇泉(かんけつせん)が泉源となる場合もある。徳川家康や歴代の将軍家を虜(とりこ)にした熱海の源泉は大湯間歇泉であった。江戸後期に著された山東京山の「熱海温泉図彙(ずい)」(一八三〇年)にも、その迫力ある噴出の様子が描写されている。
 「湯の湧くこと昼夜三度、長の時に湧き出る。六ツ四ツ八ツ、年中時違(たが)ふ事なし(略)。石竜熱湯を吐くごとく二間余もへだたる大石へ熱湯を吐きけるありさま響は雷のごとく湯気は雲のごとく天に上昇(たちのぼり)見るに身の毛もよだつばかり也、此の湯を四方の客舎に引き湯船にたくはへ冷(さ)して浴せしむ」  家康が愛した大湯の間歇泉は、残念なことに地震や温泉乱掘により水位が下がり、現在のものは人工間歇泉である。
 このように時代とともに水位が下がり自然湧出泉が得られなくなった温泉地は熱海だけでない。むしろ草津、登別のように大温泉地が現在もなお大量の自然湧出泉を持つことのほうが稀(まれ)だ。これは、自然環境を守り温泉の乱掘を戒めてきたからである。
 自然湧出の温泉が得られなくなった温泉地では、掘削によって新たな湯脈を確保する。かつては数百メートルしか掘れなかったものが、石油掘削技術の進歩により、一九六〇年代以降は一〇〇〇~二〇〇〇メートルと温泉も飛躍的に深堀りが可能となった。わが国で最も深く掘削して湯脈を得た温泉は、原子燃料サイクル施設で有名な青森県六ヶ所村にある六ヶ所温泉。二七一四メートルの深さから九二・三度の強食塩泉が湧出している。
 掘削によって得られた温泉は掘削自噴水と掘削揚湯(ようとう)泉に分けられる。前者は水圧、湯量に恵まれているため掘削後、自噴、つまり自力で湧出する温泉。トマトにたとえるなら「オレンジ色」といったところか。
 一方、掘削揚湯温泉は、自力では地表に湧出できないため動力で揚湯した温泉のこと。公共温泉をはじめとする最近の新興温泉の大半は掘削揚湯泉でトマトにたとえるなら「緑色」の状態か。地下の深い位置から水中モーターポンプ、エアーリフトポンプなどでポンプアップするため源泉が攪拌され、早くから酸化され始める。

湯の取り入れ方

日光湯元温泉の源泉小屋群

 泉源(湯元)から湧出して源泉(温泉水そのもの)は、旅館、共同湯などの各温泉施設へ送湯される。自家源泉(個々の施設が自前の源泉を所有)の場合は、泉源から浴槽へ配湯管によって直接送湯される。これが科学的にも最も温泉の質を損なうことのない理想の形態だ。
 複数の自家源泉を持つ場合、いったん貯湯タンク等に集湯のうえ給湯されるケースもある。だが、この方式は源泉が混合することになり、それぞれの源泉の個性を失いかねなく、また貯湯タンクが最近問題になっているレジオネラ菌発生の温床となるリスクが高いこともあり、温泉の質を優先するなら避けたい。
 共同源泉を複数所有する温泉地では、貯湯タンクに集湯したうえで、各旅館に配湯するのが一般的である。
 一方、規模の大きな旅館を抱え湯量不足に悩む大温泉地では、集中管理方式を取り入れている所が多い。
 先の貯湯槽に集めてから各旅館に配湯するシステムでは温泉は一方通行だから、湯質はかなりいい状態を維持できる。これに対して集中管理システムは、いわば水道方式。温泉街に水道管のように配管されていて、各旅館が必要に応じて蛇口を開くと浴槽に湯が注がれる。旅館で使用されなかった温泉は貯湯タンクに戻され、加温されたうえ再び送湯される。つまり温泉街の中を何度も循環されているため温泉は酸化し湯質も劣化しやすい。
 湯量不足からこの循環方式による集中管理システムが最初に導入されたのは、山陰の名門、城崎(きのさき)温泉(兵庫県)。昭和四七(一九七二)年当時、それまでに一二〇〇トン使用していた湯量が七〇〇トンで済むようになった。
 このように集中管理システムの利点は、限られた温泉資源の有効利用とコンピューターシステムの自動管理により、一定の温度で絶えず各施設に配湯されることである。欠点はすでに触れたように湯質が劣化しやすいことである。また温泉の個性も失われる。
 大型旅館のなかには「展望大浴場」などと名付けてそれを売り物にしているところもある。考えてみれば、これほど不自然なものはない。なぜなら水は放っておけば「高きから低きへ」流れる。温泉旅館で眺望を求めるのか、心身に効く温泉の質を求めるのか。
 旅館に給湯された温泉を浴場の浴槽までどう送り込むのか。展望大浴場や展望露天風呂まで動力を使って運び上げ、しかも屋上のタンクに貯湯する。もちろんこの間、温泉はどんどん酸化され、劣化する。温泉の最大の敵は酸化だ。なぜなら温泉は酸素のない地中深くで誕生するからだ。
 だから本来、浴場は一階、地階など低い場所に造られる。理想的な浴場は、温泉が地上に湧出する泉源より低い位置にあり、動力の助けを借りずに自然流下方式で湯口から浴槽へ注ぎ込まれるものである。動力の無かった江戸時代のままの自然流下である。温泉は攪拌されることを最も嫌う。
 自然湧出泉を地形の高低差を巧みに利用して浴槽まで源泉を導く理想的な風呂は現在ではほとんど見かけない。東北の高湯温泉(福島県)の大半の施設がこれである。私が日常的に利用しているのは北海道新見温泉「新見本館」、同じく北海道登別温泉の共同浴場「夢元さぎり湯」。まさに天然記念物ものだ。機会があったらその十分に熟成された湯質を堪能していただきたい。
 屋上までポンプ・アップしなくても現代の温泉施設の大半は、低地で得た温泉を上方の浴場まで高圧ポンプで圧送する押上方式である。

三朝温泉「旅館大橋」の直湧き泉


奥津温泉「奥津荘」の直湧き泉

 先ほど、自然流下方式で湯口から注ぐのが理想的と書いたが、さらに究極の風呂がある。「直湧(じかわき)き」だ。「直接浴槽に湧く」といった意味で、源泉が湧く泉源そのものを浴槽にしたもの。空気にさらされていない「生(なま)源泉」を直(じか)に浴びられるのだから、これほど科学的に優れた温泉はほかに無い。東北の蔦(つた)温泉(青森県)、乳頭温泉郷の鶴の湯温泉(秋田県)、北関東の法師温泉(群馬県)など、歴史的な名湯が多く、いずれも一軒宿である。
 浴槽の底から湧出する直湧きの欠点は、高温泉では入浴できないことだ。いま挙げた蔦、鶴の湯、法師は、いずれも日本人の入浴に最適の四〇度台前半で湯玉となってふつふつと湧きあがってくる奇跡的といってよい至福の風呂だ。
 このように入浴温度を考慮すると、五〇・八度の食塩泉が湧きあがってくる大湯温泉(秋田県)の共同浴場「荒瀬の湯」や、四八・一度の強酸性泉の蔵王温泉(山形県)の「川原湯共同浴場」のような例は除いて、一般に直湧きはぬるま湯がほとんどである。ニセコ薬師温泉(北海道)、壁湯温泉(大分県)、古湯温泉「鶴(かく)霊(れい)泉」(佐賀県)、白木(しらき)川内(かわち)温泉、湯川内(ゆがわち)温泉(ともに鹿児島県)・・・・・。いずれも一級の療養の温泉場だ。ぬる湯にゆったり浸かっていると、皮膚から温泉成分が体内に取り込まれ、血流が促進され副交感神経が優位になり、免疫力も高まる。直湧きは最も原始的な風呂だが、同時に最も科学的に優れた風呂でもある。

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