かけ流しと循環風呂

 「直湧き」やまるで匠(たくみ)の技のように自然流下で浴槽まで引湯するような温泉の利用形態は、理想的な“源泉一〇〇%かけ流し”であることは間違いない。これほど温泉の質を重んじる経営者は当然、入浴者に供する浴槽の湯にもこだわる。
 地中から湧出した温泉がいかに素晴らしい泉質であっても、またいかに理想的な湧出形態あるいは配湯方式であっても、最終的に私たちが入浴する浴槽の湯がかぎりなく源泉に近く湯質のレベルが維持されていなくては意味がないであろう。
 浴槽における温泉の利用形態は大きく三方式に分類できる。「完全放流方式」「循環方式」「放流方式と循環方式の併用」である。
 「完全放流方式」というのは、浴槽の底から湧出(直湧き)する源泉、あるいは湯口から注がれる源泉が浴槽からあふれるに任される状態を指し、私はこれを“源泉かけ流し”あるいは“源泉一〇〇%かけ流し”と呼び普及に努めてきた。「源泉」とは地中から湧出した温泉そのもののこと。これに“一〇〇%”を加えることで、「加水も加温もしていません」と強調する際に使用してきた。常に湯口、あるいは底から新鮮な湧きたての源泉が浴槽からあふれ続ける温泉本来の利用形態である。

[図]循環風呂の基本構造

 一方、「循環方式」は、私が“循環風呂”と称してきたもの。同じ温泉(加水されている場合も少なくないのであえて源泉とは書かない)を濾過(ろか)循環器を通して循環させ、何度も何日も使い回す方式。こうした温泉を“循環湯”とも呼ぶ。主に湯量不足の施設や浴槽掃除の手間をはぶくために使われる。
 循環風呂は〔図〕のように使い古しの湯を砂やセラミックのフィルターで濾過して、髪の毛、皮脂、アカ、ゴミなどを取り除き、ボイラーで加温した後、主に塩素系薬剤で殺菌消毒してふたたび浴槽に戻す仕組みだ。目に見える汚れなどが濾過されているので、水道水のように透明できれいに見えることが特徴。病院のような塩素臭もすることが多い。
 もちろんこれでは一〇〇%の源泉を注いでも同じ温泉とはいえない。温泉は生きものだから時間の経過とともに空気にふれ酸化し、成分が失われていく。また入浴者の老廃物が混入することによっても成分は劣化する。これを“温泉の老化現象”と私は呼ぶ。
 循環風呂であるかどうかの簡単な見分け方は、浴槽から湯があふれ出しているかどうかを見ること。ただし最近は、レジオネラ菌症感染の事故を受けて、湯をわずかにオーバーフローさせて浴槽表面の汚れを流すよう保健所が指導しているため、あふれていても循環風呂であることが多いので注意が必要だ。湯口から新しい源泉を注ぐ一方で、浴槽の湯を循環させる放流方式と循環方式を併用、私はこれを「半循環風呂」と呼んできた。しかし、これも循環湯が主であることに変わりない。
 銭湯のように濾過循環することによって少ない温泉を有効に使う循環風呂、半循環風呂は一見、文明の利器をいかした二一世紀型の温泉施設のようにも見える。だが浴槽の湯を毎日換水(湯を抜くこと)しないため、大腸菌や、入浴者を死に至らしめることもあるレジオネラ菌繁殖のまたとない環境となることもある。

レジオネラ菌とは

 レジオネラ属菌(細菌)は土壌や淡水などの自然界に生息する常在菌で、アメーバなどに寄生・増殖する。また一定の温度に保たれた人工温水中で大量増殖をしやすいという特徴があり、レジオネラ属菌にとっては循環風呂は最適の条件だ。
 人間がレジオネラ菌に感染した場合、健常者や子供が発症するケースは少なく、高齢者や抵抗力の弱い人に発症しやすい。感染すると肺炎かインフルエンザに似たポンティアック熱のいずれかの症状を引き起こす。劇症型肺炎の場合には、一週間以内に死亡することもある。平成一四(二〇〇二)年七月、宮崎県日向市の公共温泉施設で三〇〇名近くの入浴者が感染し、七人が死亡するという温泉史上、未曽有(みぞう)の大惨事はまだ記憶に新しい。
 現在、循環湯は銭湯やプールと同じように塩素系薬剤で殺菌するのが一般的である。日向市の温泉施設の場合は、その管理が十分でなかったための惨事であった。
 ただ、さまざまな成分が含まれている温泉に塩素剤がどれだけ有効なのかとの懸念もある。実際、アルカリ性の温泉には効きにくく、ふつうの一〇~三〇倍もの塩素剤を混入しなくてはならなく、「塩素泉」(これも私の造語)に浸かった状態になる。たとえばPH9・0 のアルカリ性の温泉に塩素を入れるには、PH7・0の中性の温泉の三〇倍以上の量を使用しなければ効果がないのである。もちろん温泉成分は化学変化を起こし、「温泉分析書」に記載されている成分の中には消失するものもある。
 何よりも残念なのは還元力をもった温泉が塩素剤混入により、たちまち酸化されてしまうことだ。つまり温泉の生命が科学的に失われてしまうのである。温泉特有の活性を失い温泉でなくなる。

塩素の危険性

 循環方式の風呂では何日も湯を抜かないため、レジオネラ菌が繁殖する。それを防ぐために塩素剤を混入することはすでに述べたが、この塩素の人体へ及ぼす影響も心配だ。私たちは心身の健康維持のために温泉に入る。ところが塩素は水に含まれている有機物と化合して発がん性物質トリハロメタン等を発生させる。
 また塩素は強烈な酸化剤で、体内に活性酸素を増加させる。活性酸素は老化の原因である。またがんはじめ生活習慣病の要因でもあることはよく知られている。
 古来、「温泉に入ると美肌になる」といわれてきたが、最も気を付けなければならないことは、塩素は肌の細胞を傷つけたり、破壊し老化を促進する大きな原因となることだ。塩素にさらされると肌は紫外線の影響を受けやすくなり、女性にとって大敵のシミ、ソバカス、シワなどが出やすくなる。アトピー性皮膚炎の人たちにとっても、水道水を沸かした家庭風呂の何倍もの塩素が混入された循環風呂は、本来、効くはずの温泉であっても症状をさらに悪化しかねない。目などの網膜にも悪影響を及ぼし、アレルギーの原因にもなる。
 循環風呂は塩素剤などでしっかり殺菌しなければ大腸菌、レジオネラ菌はじめ有害な菌で危険にさらされるが、かといって塩素はあくまでも毒性の強い化学物質なので私たちの体にダメージを与えかねないことを認識しておく必要がある。
 このように風呂に入浴した際は、銭湯の場合と同じように上がり湯やシャワーで全身を洗い流すのがいい。本来の源泉かけ流しの温泉に浸かった場合は、逆に温泉成分を流さないで軽くふく程度が正しい入浴法である。

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