温泉の成分

 温泉はなぜ心身に効くのか。これには温泉を温泉たらしめているもの、すなわち成分が関係していることは誰しもが理解しているにちがいない。
 それは天然の薬のようなもので昔から日本人の心身の病を治癒してくれた。「薬湯」「霊泉」などという呼び名はその象徴といっていいだろう。
 温泉の生成には火山性と非火山性のものがあることはすでに述べた。地下に浸透した雨水や雪解け水が地下数千メートルの多孔質岩層に溜まる。ここは孔だらけの岩層で、スポンジのように水が浸透する。この岩層の下にはマグマ溜まりと呼ばれる七〇〇~一三〇〇度の高温の層があり、多孔質岩層に含まれた水が熱せられる。
 この深さは、私たちが生活する地表の気圧を一気圧とするとその五万倍、つまり五万気圧という圧力を有している。このため温泉は沸騰することなく二五〇度前後まで熱湯状態を保っていると考えられる。
 さて、雨や雪解け水は次々と新たに地下に浸透する。高温に熱された温泉は、温度の低い降水にくらべて比重が軽いので、押し出されるような格好で地層の割れ目などから今度は地表へ向かって上昇していく。もちろん地表に近づくにつれて温度が下がり、圧力も軽減するためやがて水温が沸点に近づいていく。
 このようにして長い時間をかけて地中深くで循環するうちに、温泉がマグマ溜まりのガスや鉱物、ミネラル、放射性物質など、さまざまな物質が成分として取り込まれると考えることは理にかなっている。
 地上に噴出する温泉のもとになる水が本来、超高温でかつ高気圧の環境にあることは今述べたとおりである。もうひとつ、地下深くは無酸素状態にある。これも温泉の本質を正しく知るうえで欠かせない要件だ。つまり温泉は、地表に噴出するときはじめて空気に触れ酸化するのである。

野沢温泉の生温泉「麻釜温泉」

 気圧が急激に下がること、そして酸化反応によって不安定な状態になることで温泉の含有成分の化学変化が起こる。あるいは白濁したり、鉄錆(てつさび)色などに変色する現象など、浴槽に見られる各種の沈殿物や「湯の花」はその結果生じたものだ。化学的には「酸化現象=老化現象」といえる。あらゆるものは酸化することで生命力を失っていく。生きものである温泉もまさしく同じことが言え、だからこそ老化(エイジング)が進む前の温泉、“生(なま)源泉”こそが人間や動物に心身の健康、治癒という恵みを与えてくれるのである。源泉かけ流しの科学的な価値はここにある。六〇兆個もある私たちの細胞を“活性化”する、温泉力のある温泉こそが温泉の本質なのだ。
 温泉法における温泉の認定は、地表の湧出口から採取した源泉を分析することによって行われている。私たちが入浴する浴槽の湯口の湯でも、浴槽に満たされている湯でもない。
 もう読者の方は気がつかれたと思う。もし温泉が科学的・医学的に効かないとしたら、いかに私たちが効かないような仕組みの、温泉と称するものに入浴してきたかを考える必要があるということだ。その代表的な文明の利器のひとつである循環風呂が、日本列島を席巻したのはここ四半世紀間のことであった。特に平成に入ってからの、一九九〇年から二〇〇五年にかけての第三セクターを中心とした公共温泉ブームの影響は甚大であるといっていいだろう。

温泉の還元力

 温泉の本質をさらに科学的に見てみよう。近年、老化やがんの原因ともなる活性酸素を消去する抗酸化能力を持つフルーツ、野菜、キノコなどの食品や飲料水が注目を集めている。この活性酸素は物質を“酸化”させる。つまり錆(さ)びさせる。
 鉄が錆びるのも生ものが腐敗するのも、酸化するのが原因。一方、酸化の反対は還元であるが、還元は酸化の逆の働き、すなわち老化や錆、腐敗を抑制するだけでなく、人間なら細胞を活性化させ、たとえば肌を若返らせてくれるといった効果をもたらす。洋の東西を問わず昔から温泉が「若返りの湯」とも呼ばれてきたのは、現代科学で解説すると、本来の温泉には還元力があったからに他ならない。
 つまり、地表に湧出する前の温泉は還元系の性質を有しており、温泉の科学的な価値は還元系にあるといえる。湧出後に時間が経過したり、塩素剤を入れたりすると“酸化系”になる。温泉のエイジング(老化)が進むわけだ。
 視点を変えれば、その温泉がどれだけ還元力を保っているか、逆にどれだけ酸化系に傾いているかがわかれば、温泉の鮮度を科学的に測ることが可能となる。
 それを科学的に行う方法が「酸化還元電位」(ORP=Oxidation-Reduction Potential)という評価方法だ。酸化還元反応では、電子は原子間および分子間での移動をともない、反応は電子的に安定する平衡状態に向かって進行する。この酸化還元反応過程で電子の濃度変化が分かれば、どれだけ安定した平衡状態に近づいているかを評価できる。
 ちなみに電子の不足状態が酸化系、過剰状態が還元系、そしてつり合っている状態が平衡系である。 私たちの体内には地球二周分以上に相当する九万キロメートル以上もの血管が張りめぐらされている。生あるかぎりこの血管を流れる血液は弱アルカリ性である。体外に排出される尿も弱アルカリ性だ。フルーツ、野菜には抗酸化物質が含まれていることがよく知られているが、しかし現代人は肉、乳製品などの動物性タンパク質や加工食品を多く摂取し続けている。そのほとんどが酸化食品だ。
 温泉が人間の心身を健康にし、また病を治癒してきたのは、温泉水が秘めた「還元力」にあることを認識する必要がある。これからも温泉がもっぱら対症療法の薬を中心とした現代医療では得られない役割を求められるとするならば、湧き立ての、つまり鮮度の高い優れた還元力をもつ温泉に対してであろう。それこそ、一三〇〇年前の奈良時代にも、更には湯治が盛んになる三、四百年前の江戸時代にも、二二世紀にも、地球があるかぎり変わることのない温泉が秘めた魅力の本質というものだろう。

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